
聖母子 ブレーメン美術館
マゾリーノ・ダ・パニカーレ(1383/84〜1440/47頃)
独立した画家としてフィレンツェの医師・薬種商組合に登録されたのは1423年。40歳での登録はかなり遅い。
ヴァザーリによると、ギベルティに弟子入りし洗礼堂北側門扉制作の際は優秀な仕上工として働いていたらしい。絵画はゲラルド・スタルニーナに賦彩法を学び、修業を積んだともされる。
生地はレナッチのパニカーレでマザッチョの生地、スタルニーナの生地に近い。
知られている最初期の作品は1423年制作の「聖母子(右図)」。金地を背景に流麗な線で形態を包み、柔らかい明暗法で像に豊艶さを与え、全体を甘美な雰囲気で仕上げている。マゾリーノ固有の画風が示されている。ヴァザーリは「私はマゾリーノの作品を幾度となく観察し、彼の画風(マニエラ)が彼に先立つ画家たちのそれとは非常に異なっていることを知った。」と記している。
1424年フィレンツェ近くのエンポリでの滞在と活動が記録に残されている。第二次大戦中にマゾリーノによるとされる「聖十字架物語」の下絵(シノピア)が発見された。のびやかな線で描かれ、ほとんど陰影がつけられていない。14世紀末のアーニョロ・ガッディの「聖十字架物語」と比較して、新しいタイプの物語絵作家だったとされている。
1420年代
マゾリーノ Masolino
聖母子
1423年 板 テンペラ 96×52cm
ブレーメン美術館
世界美術大全集11 イタリア・ルネサンス1
名画への旅5 初期ルネサンス1 講談社
独立した画家としてフィレンツェの医師・薬種商組合に登録されたのは1423年。40歳での登録はかなり遅い。
ヴァザーリによると、ギベルティに弟子入りし洗礼堂北側門扉制作の際は優秀な仕上工として働いていたらしい。絵画はゲラルド・スタルニーナに賦彩法を学び、修業を積んだともされる。
生地はレナッチのパニカーレでマザッチョの生地、スタルニーナの生地に近い。
知られている最初期の作品は1423年制作の「聖母子(右図)」。金地を背景に流麗な線で形態を包み、柔らかい明暗法で像に豊艶さを与え、全体を甘美な雰囲気で仕上げている。マゾリーノ固有の画風が示されている。ヴァザーリは「私はマゾリーノの作品を幾度となく観察し、彼の画風(マニエラ)が彼に先立つ画家たちのそれとは非常に異なっていることを知った。」と記している。
1424年フィレンツェ近くのエンポリでの滞在と活動が記録に残されている。第二次大戦中にマゾリーノによるとされる「聖十字架物語」の下絵(シノピア)が発見された。のびやかな線で描かれ、ほとんど陰影がつけられていない。14世紀末のアーニョロ・ガッディの「聖十字架物語」と比較して、新しいタイプの物語絵作家だったとされている。
1420年代
聖母子
1423年 板 テンペラ 96×52cm
ブレーメン美術館
世界美術大全集11 イタリア・ルネサンス1
名画への旅5 初期ルネサンス1 講談社
