
トゥールーズの聖ルイ
1422〜23年にグェルフィ(教皇)党がオルサンミケーレ聖堂壁龕に設置するためにドナテッロに委嘱した作品。「トゥールーズの聖ルイ(聖王ルイとは別人)」はグェルフィ党の守護聖人。主要な同業組合(アルテ)とともに自らの守護聖人のために壁龕を割り当てられた唯一の団体だった。
ドナテッロにとって最初のブロンズ彫像。ギベルティは「聖マタイ(1419〜22年)」鋳造の時かなり苦労したらしい。この作品は部分ごとに鋳造され、ボルトで組み立てられている。鋳造の技術的困難さもあったが、それまで部分的にしか使われていなかった、熱鍍金を像全体に施すためでもあった。熱鍍金は金と水銀の混合物をブロンズの表面に施して、それを炭火の上であぶるという工程だった。水銀の煙が出るし、熱によるブロンズの変形の可能性もあるが、金箔を貼るよりもはるかに耐久性に優れていた。
衣襞表現は肉体の存在を感じさせ、彫像と壁龕の相互作用によって「聖ルイ」は精神的に自足しているように見える。
15世紀半ばに壁龕は売却され、像はサンタ・クローチェ聖堂に移された。20世紀になって聖堂の旧修道院食堂(現在は美術館)の当初の壁龕の複製のなかに置かれている。
1420年代
ドナテッロ Donatello
トゥールーズの聖ルイ
1422年頃 ブロンズ 像高266cm
フィレンツェ サンタ・クローチェ聖堂付属美術館
フィレンツェの美術 上巻 日本放送出版協会
イタリア・ルネサンスの巨匠たち8 ドナテッロ
ドナテッロにとって最初のブロンズ彫像。ギベルティは「聖マタイ(1419〜22年)」鋳造の時かなり苦労したらしい。この作品は部分ごとに鋳造され、ボルトで組み立てられている。鋳造の技術的困難さもあったが、それまで部分的にしか使われていなかった、熱鍍金を像全体に施すためでもあった。熱鍍金は金と水銀の混合物をブロンズの表面に施して、それを炭火の上であぶるという工程だった。水銀の煙が出るし、熱によるブロンズの変形の可能性もあるが、金箔を貼るよりもはるかに耐久性に優れていた。
衣襞表現は肉体の存在を感じさせ、彫像と壁龕の相互作用によって「聖ルイ」は精神的に自足しているように見える。
15世紀半ばに壁龕は売却され、像はサンタ・クローチェ聖堂に移された。20世紀になって聖堂の旧修道院食堂(現在は美術館)の当初の壁龕の複製のなかに置かれている。
1420年代
トゥールーズの聖ルイ
1422年頃 ブロンズ 像高266cm
フィレンツェ サンタ・クローチェ聖堂付属美術館
フィレンツェの美術 上巻 日本放送出版協会
イタリア・ルネサンスの巨匠たち8 ドナテッロ
