
反乱・騒擾 オリバーレス失脚
1640年代、「スペイン王国」諸国で反乱や騒擾が相次いだ。カタルーニャ反乱に続き、1640年12月にはポルトガルでスペイン王国離脱の動きが起き、イギリス、フランスの支援を受けた。(68年のリスボン条約で独立を承認)さらにアンダルシーアを独立させようとする動きもあった。
1643年、ロクロワの戦いでの大敗もあってオリバーレスは失脚した。その後も、47年から翌年にかけてナポリやシチリアで反税運動が起き、52年にかけて、スペイン南部で騒擾や食糧暴動が続いた。
1643年、ロクロワの戦いでの大敗もあってオリバーレスは失脚した。その後も、47年から翌年にかけてナポリやシチリアで反税運動が起き、52年にかけて、スペイン南部で騒擾や食糧暴動が続いた。
軍事的敗退を重ねたスペインは、1648年のウェストファリア条約でオランダの独立を承認した。また、59年のピレネー条約でフランスと講和、カタルーニャ領土の5分の1にあたる、ルシヨンとセルダーニュの半分が最終的にフランスのものになった。さらにフランス国王ルイ14世とフェリーペ4世の娘マリア・テレーサの結婚が取り決められた。スペインの優位が失われ、「フランスの時代」が始まった。
1640年代
世界各国史16 スペイン・ポルトガル史
1640年代
世界各国史16 スペイン・ポルトガル史