ウェルギリウスの写本挿絵
シモーネ・マルティーニは晩年をアヴィニョンで教皇庁の宮廷画家として過ごした。詩人ペトラルカとも親交があり、ラウラの肖像を描いたと伝えられるが残されていない。しかしペトラルカが大切にしていたとされるウェルギリウスの写本のために描いた口絵は残されている。またペトラルカから2篇の捧げられたとされる。
1341年ローマで桂冠詩人の栄を受ける詩人との交友は、 シモーネが画家としてだけでなく人間性や知識人としても優れていたことを思わせる。それがやがて画家全体の地位向上へとつながっていく。
1340年代
シモーネ・マルティーニ Simone Martini
ウェルギリウスの写本挿絵
1340年頃 29.5×20cm
イタリア ミラノ アンブロジアーナ図書館
画像 イタリア・ルネサンスの巨匠たち5
シモーネ・マルティーニ 東京書籍
説明 世界美術大全集10 ゴシック2
1341年ローマで桂冠詩人の栄を受ける詩人との交友は、 シモーネが画家としてだけでなく人間性や知識人としても優れていたことを思わせる。それがやがて画家全体の地位向上へとつながっていく。
1340年代
ウェルギリウスの写本挿絵
1340年頃 29.5×20cm
イタリア ミラノ アンブロジアーナ図書館
画像 イタリア・ルネサンスの巨匠たち5
シモーネ・マルティーニ 東京書籍
説明 世界美術大全集10 ゴシック2