
セズマリア法公布 農民の移動を制限
13世紀半ば以降成長を続けていたポルトガル経済だったが、アフォンソ4世(在位1325〜57)の頃からかげりをみせ、1348年秋にはペスト大流行に見舞われた。ポルトガルの人口の3分の1を失ったとされ、リスボン、コインブラなど都市の被害が大きかった。農村人口も減少し、農業労働力が不足した。貴族・地主は働き手を確保するために、国王に迫り農村から移動の自由を奪う法令(1375年 セズマリア法など)を出させたが、効果はなかった。零細農民は都市に流入し、農村では穀物の生産量が減少した。またワイン・オリーブ油の収益率が高かったことで、穀物畑から転作された。都市の穀物需要は増えたため、ポルトガルはこの時代以降穀物不足になって、外国からの輸入に頼ることになった。