大航海時代とルネサンス 大航海時代 ルネサンス 歴史 参考文献 index

フィレンツェ アテネ公を追放

フィレンツェは1340年頃から深刻な危機に陥った。1339年、百年戦争が始まると、フランスでのフィレンツェ商人の活動は停滞し、イギリス王はフィレンツェ商人への債務支払いを停止した。ナポリ国王も戦費が必要なことから債務支払いを停止、フィレンツェ自体も対外戦争が長引き、市民に多大な出費を強いていた。
1341年フィレンツェは、政治不安を抑えるために、ナポリに亡命していたフランス系のアテネ公をシニョーレとして迎えた。アテネ公は民衆と危機の責任を問われていた大商人との対立を調停したが、1342年には自ら「終身のシニョーレ」となり、独裁者として苛政をしいたため、1343年民衆蜂起によって追放された。
1348年の黒死病は、ある年代記によるとフィレンツェの人口の「五分の三」を奪ったとされ、社会の混乱が深まった。大商人の一部は没落・隠退し、代わって進出した「新参者」と呼ばれる新興商人たちが、既成勢力と権力を争った。市内の人口激減のため、市外からの人口流入が増えて、新参者の勢力が強まった。
右図は「アテネ公の追放」1343〜44年 オルカーニャ
アテネ公によって捕らえられた人々が収容されていた、古い牢獄の中庭に描かれていたフレスコ画。現在は剥がされている。中心には聖アンナ、右端にアテネ公。

1340年代
世界各国史15 イタリア史
図像 フィレンツェ 芸術都市の誕生 2004-05