
チマブーエ
チマブーエ Cimabue 1272〜1302に記録あり
イタリアの前(プロト)ルネサンスはチマブーエから書き始められることが多い。ヴァザーリも「芸術家列伝」をチマブーエ伝から始めている。
チマブーエに関して記録に残っているのは3点だけ。
本名 チェンニ・ディ・ペーポ。
1272年にローマに居住。
1301年から翌年にかけてピサ大聖堂でモザイク制作に従事。
生年はヴァザーリが伝える1240年かその少し後と考えられている。
チマブーエの若い頃、フィレンツェでは洗礼堂天井のモザイク装飾が進められていて、その一部に参加したのかもしれない。
1268〜71年に描かれたとされるアレッツォの十字架像。
ローマでの仕事は不明。
その後ピサでサン・フランチェスコ聖堂のための「荘厳の聖母」を制作している。
1270年代後半、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂下堂北翼廊に「玉座の聖母子と四天使、聖フランチェスコ」を制作。画家として認められたのだろう、上堂内陣装飾が託され、祭室の「マリア伝」、南翼廊の「黙示録」、天井交差部の「四福音書記者」、南北翼廊東壁に「キリストの磔刑」、北翼廊に「使徒行伝」が描かれた。北翼廊では数点にチマブーエの手が見られるが、1280年代に
イタリアの前(プロト)ルネサンスはチマブーエから書き始められることが多い。ヴァザーリも「芸術家列伝」をチマブーエ伝から始めている。
チマブーエに関して記録に残っているのは3点だけ。
本名 チェンニ・ディ・ペーポ。
1272年にローマに居住。
1301年から翌年にかけてピサ大聖堂でモザイク制作に従事。
生年はヴァザーリが伝える1240年かその少し後と考えられている。
チマブーエの若い頃、フィレンツェでは洗礼堂天井のモザイク装飾が進められていて、その一部に参加したのかもしれない。
1268〜71年に描かれたとされるアレッツォの十字架像。
ローマでの仕事は不明。
その後ピサでサン・フランチェスコ聖堂のための「荘厳の聖母」を制作している。
1270年代後半、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂下堂北翼廊に「玉座の聖母子と四天使、聖フランチェスコ」を制作。画家として認められたのだろう、上堂内陣装飾が託され、祭室の「マリア伝」、南翼廊の「黙示録」、天井交差部の「四福音書記者」、南北翼廊東壁に「キリストの磔刑」、北翼廊に「使徒行伝」が描かれた。北翼廊では数点にチマブーエの手が見られるが、1280年代に
アッシジを去ったらしい。残りの部分は工房の助手たちによって描かれている。
1290年頃、フィレンツェ、サンタ・トリニタ聖堂のために「荘厳の聖母」を制作、同時期か少し後、フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂のための「十字架上のキリスト」を制作している。
1301年からのピサ大聖堂内陣ドームのモザイクのうち「福音書記者ヨハネ」についての記録が最後になっている。
1302年以後まもなく死去したらしい。
チマブーエについては有名なダンテの言葉「チマブーエは自分こそ絵画界の第一人者と信じていたが、いまやジョットが名声を得たため、彼の栄光は薄れてしまった」(神曲)と
神曲の注解書「オッティモ・コンメント」(1334年頃)の
「彼は人間として、能う限り高貴な性格の人だった。そのうえきわめて尊大で誇り高く、もし誰かが彼の作品の欠点を指摘するか自身で誤りを見つけ出すと、どれほど高価であろうとも、即座に壊してしまうのであった。」
これらの記述からチマブーエのイメージが作られているのだが、アレッツォの十字架像とアッシジでの仕事の後では作風が大きく変わっている。ジョットなどからの影響があったとしても、職人から芸術家への変化を見せる最初の画家といえる。
世界美術大全集10 ゴシック2 人物略歴
1290年頃、フィレンツェ、サンタ・トリニタ聖堂のために「荘厳の聖母」を制作、同時期か少し後、フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂のための「十字架上のキリスト」を制作している。
1301年からのピサ大聖堂内陣ドームのモザイクのうち「福音書記者ヨハネ」についての記録が最後になっている。
1302年以後まもなく死去したらしい。
チマブーエについては有名なダンテの言葉「チマブーエは自分こそ絵画界の第一人者と信じていたが、いまやジョットが名声を得たため、彼の栄光は薄れてしまった」(神曲)と
神曲の注解書「オッティモ・コンメント」(1334年頃)の
「彼は人間として、能う限り高貴な性格の人だった。そのうえきわめて尊大で誇り高く、もし誰かが彼の作品の欠点を指摘するか自身で誤りを見つけ出すと、どれほど高価であろうとも、即座に壊してしまうのであった。」
これらの記述からチマブーエのイメージが作られているのだが、アレッツォの十字架像とアッシジでの仕事の後では作風が大きく変わっている。ジョットなどからの影響があったとしても、職人から芸術家への変化を見せる最初の画家といえる。
世界美術大全集10 ゴシック2 人物略歴